丸山海道句碑
那波南本町 中央公園 |
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現地案内板 |
丸山海道は京都出身の俳人で、俳誌『京鹿子』を主宰しました。昭和58年より毎年、相生市俳句祭の選者、講師を務めました。これを記念して、中央公園の噴水の隣に海道の句碑が建立されました。 |
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20丸山海道句碑
魚眼には
球体を駆け
ペーロン船
海道
丸山海道は大正十三年四月京都に生まれ、幼少より父鈴鹿野風呂 (ホトトギス同人) の命で句作を始める。昭和四十六年三月野風呂が赦死れて後、「京鹿子」 の主宰となる。昭和五十八年より毎年相生市俳句祭の選者、講師として連続指導にあたる。平成五年五月これを記念して、京鹿子同人・会員および相生ペンの会、相生市文化協会有志により建立する。句は相生ペーロン祭のペーロンレースから 「魚の目を、魚眼レンズと考え、180度の半球体の湾上の競漕に見立てた。水底の魚の目にペーロン船がよく見えるように、相生湾の水がいつまでも清く澄んでいてほしいとの希いも籠め」 と丸山海道は記している。 書は自筆。 |
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『相生と文学碑』 |
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