相生の昔話

(17)猿の御恩がえし

 旅の男が、日の暮れに坂を越しよった。七分目ほど登った所に、一匹の猿が、大きな蛸(たこ)にしめられて死にそうになっている。男は刀をぬいて、蛸の足を切って、猿を助けてやった。猿は喜んで、お礼に小さい風呂敷包みを一つくれた。
 坂のだい(台)まで登ると、きれいな女が一人、にこにこして立っている。おかしいなと思いながら、何もいわずに山の裾(すそ)の宿まで下って泊った。宿の者は、
「お客さん、お客さん。坂の上で、なんぞ変ったもんを見てじゃあれしまへんだか」
という。
「見た。きれいな女を一人見た」
というと、
「それは、あの山の化(ば)けもんだす。今夜、ここへ来るかも知れまへんぜ」
という。
 夜中ごろになって、にわかにざあっと大雨風になってきた。さあ、化けもんがきたと思うて、男は、風呂敷包みも、雨の中へ投げ出しておいて、頭から蒲団(ふとん)をかついでふるうていた。そのうち、雨風の音が急にやんだ。夜があけてから見ると、風呂敷の中は「なめくじ」だった。化けものは、それですべって逃げたのだった。

注1:「坂を越しよった」とは、「坂を越しました」という意味です。
注2:「七分目」とは、「七合目」と同じで「下から10分の7」という意味です。
注3:「しめられて」とは、「絞(し)められて」という意味です。
注4:「坂のだい(台)」とは、「坂の上の高く平らなところ」という意味です。
注5:「山の裾(すそ)」とは、「山のふもと」、つまり「山をおりきった所」という意味です。
注6:「見てじゃあれしまへんだか」とは、「見ませんでしたか」という意味です。
注7:「化(ば)けもんだす」とは、「化けものです」という意味です。
注8:「知れまへんぜ」とは、「知れませんよ」という意味です。
注9:「かついで」とは、「肩から背にかけて持って」という意味です。
注10:「ふるうていた」とは、「震(ふる)えていた」という意味です。
挿絵:立巳理恵
出展:『相生市史』第四巻